不便さがコミュニケーションを生み、便利さがコミュニケーションを殺

「PRESIDENT」2006.10.30号より。
北海道帯広市にある「北の屋台」には全国からの視察が絶えないという。それはそれだけ、大繁盛しているからだった。
その秘訣の1つに、意外にも不便さがあった。屋台の一軒の広さはわずか3坪で、そこに厨房とコの字型のカウンターが置かれている。
けっこうありふれている。店主1人で10人のお客の相手をする。しかも、店内は狭い。狭いからこそそれがきっかけで会話が生まれるという。どこの誰とも知らない人と話しが盛り上がることも多いという。
「北の屋台」をまねたところは、狭いと不便だからと客席を広くとって失敗しているようだ。屋台に関しては、不便さという一見マイナスの部分がコミュニケーションを生み出すきっかけになっていたのだ。
身近でも、不便だがそれだからこそいいことがあった、というものはないだろうか。あれば、それもちょっとした商売のヒントになるかもしれない・・・な。

いつまでも人は迷路のように心の中に闇をもって・・・

地下鉄(メトロ)に乗って』主題歌「プラットホーム」より。

昨日、映画『地下鉄に乗って』を観てきた。その主題歌の中にあるワンフレーズ。
そして、たまたま手元にあった冊子には主役を演じた堤真一の感想もあった。そこでは「人が生きるということは、人間関係が網の目のように絡まり、こんなにも複雑なのかと驚かされますね。」とも述べていた。
今日の昼間、仕事で杉並方面に出かけていた。そして帰りに、偶然にもこの道を真っすぐ行くと、昨日観た映画の舞台になっていた鍋屋横丁(中野区)に続いていることに気づいたのだ。
そして、何度か通り過ぎたことのある、その商店街を抜けて、映画の中に何度も出てきた新中野駅(地下鉄)から帰ることにした。ある店の入り口にはその映画のチラシが貼られていたので、ふと眺めてしまった次第。
さらに、映画の中で主人公の相手役の女性の名前が、私が知っている方(女性の旧姓)と同じだったのがちょっと気になった。その理由は、それほどありふれている苗字でもないからだった。
そこで、夕方さっそくこの女性(Kさん)に電話をしてみた。「Kさん確か浅田次郎と同級生でしたね、『地下鉄に乗って』という映画をご覧になりましたか?」と尋ねるとまだだということだった。
「そこにはKさんと同じ名前の女性が出てきてますよ」というとちょっと驚いた様子で、ぜひ観に行ってみたいです、という返事だった。Kさんは、この作品の著者浅田次郎と小学校時代同級生で同じクラスだったのだ。
以上のことから、私の頭の中には“迷路”と“人間関係が網の目のように絡まり〜”という部分がふと思い浮かんだ次第・・・。(ちょっと不思議な一日)