一人の優れた作家の全盛期を読者としていっしょに駆けぬける・・・

「短編小説を読もう」阿刀田高著より。
筆者の二十代は松本清張が登場し盛んに力作を発表していたという。そして、それらを次々に読みあさるのが阿刀田氏のかけがえのない喜びだったのだ。
そういえば、自分の二十代から三十代にかけてもそんな一時期があったことを、このワンセンテンスは思い出させてくれた。私の場合も推理小説でそれは森村誠一だった。当時購読していた月刊「小説現代」にはしばしば森村作品の短編や長編が連載されていた。月刊の連載ものは次の月の号が出るまでが待ち遠しい。
ある長編の場合3回で終了予定が作者の構想がふくらんだため4回に延びたこともあった。きっと小説の中の登場人物が一人歩きしていたのだろう。そして作者は執筆が乗っていたに違いない。だからこそ読者はもっと待ち遠しくなる。そんなときはまさに、リアルタイムで作品の世界に入っていくようでもあった。
森村氏は当時長者番付の上位に数年連続で登場していた。いまも現役人気推理作家の一人ではあるが、その頃はきっと全盛期であったろう。私は新しく発表される作品を、この阿刀田氏が清張作品を待っていたようにむさぼり読んでいた。100冊以上は読んでいた。
その作家の全盛期の読者になれることって、ある意味貴重なことだったかもしれない。人はそれぞれそんな自分だけのお気に入りの作家の想い出があるだろう。それはちょっと味わい深いことでもありそうだ。