忘れようがない記憶のひとこまとして、父と銀座を歩いた日がある。

「だれかのことを強く思ってみたかった」角田光代佐内正史著より。
その中の「父と歩いた日」というエッセイのようなショートストーリーの中にあったフレーズ。
この本は佐内氏の写真と角田さんのエッセイからできている。写真はすべて東京の何気ない街角、交差点、駅周辺、東京湾、ビルからの夜景、公園や道路の落ち葉などの風景だ。ほとんどは白黒のモノトーンの写真で、それがかえって郷愁をそそる。
この部分を読んでいたとき、ふとそれを自分の記憶の底からよみがえってくることがあった。都内の道を父と歩いたことは約30年前も前のことだが今でも忘れてはいない。
ある夏の日、父を誘ってホテルニューオータニ(港区赤坂)で開催されたある「文化講演会のセミナー」に参加したことがあった。セミナーの内容はすっかり忘れてしまったが、その帰りに新宿の駅ビルの上のほうで、お好み焼きを食べながらビールを飲んだことだけは忘れることがない。
父と都内を歩いたのはその一度きりだったかもしれない。(自宅からは都心へは約1時間という距離だった)いい思い出しか残っていない、いい思い出しか思い出したくはないもの。と、同時に生前の父にあらためて感謝するのはそんなときだ。
人の文章を読んでいるうちに、それを自分の過去の体験に重ね合わせて思い出してしまうことはたまにあるものだ・・・な。