仕事が生き甲斐になったのは実は60を過ぎてから。

仕事が生き甲斐になったのは実は60を過ぎてから。
「老い駆けろ!人生」草野仁著より。
そもそも生き甲斐とはどんなものかなど考えたこともなかった。実に曖昧なことのように思ってきたものだ。草野さんは、それを「楽しさや喜びを感じるもの」と述べていた。
つまりそれがあることで生きていく活力となればいいいのだ。明日が楽しみでわくわくするようなものはすべて生き甲斐だと述べていた。
草野さんは現在70を過ぎたばかりだが、仕事が生き甲斐だと思えるようになったのは、60過ぎからだと述べているのも意外だった。
必要とされ生かされているという感謝心が生き甲斐につながっているということだった。また生き甲斐というものは、感謝心の持ち方ひとつで見え方も変わると感じているようだ。

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損得ではなく、自分が「やりたい」と思ったことに全精力を注ぎ込む。
「老い駆けろ!人生」草野仁著より。
結局それがその人にとっての生き甲斐となり、人生を歩んでいく力となると述べていた。
ここでは、競馬騎手の武豊さん(当時25歳)に教えられたことを披露していた。それは次のようなことだった。「○○をするために○○をしなければいけない」と考えた瞬間からそれが重荷になってしまうという。確かにそれは言えることだろう。
しかし、「これをやるのは当たり前だ」と思っていれば、苦しさも感じることはないというのだ。草野さんはこれを聞いて思わず唸ってしまったという。
草野さんは相手の年齢に関係なくいろいろなことを学ぼうとしているのもスゴイと思える。

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人間誰しも「思い立った時がいつだって適齢期」。
「老い駆けろ!人生」草野仁著より。
まず、松下幸之助さんの次のお言葉を紹介している。「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる」だった。
だから、草野さんは70歳を過ぎようと、80歳を過ぎようと、あきらめる必要などないのだと述べている。いつでもなんでもチャレンジしてみるのも生き甲斐につながればもうけものだ。
確かに何かを継続しているとそこから、また別の興味も湧いてくるものだ。そしたら、それもやっているうちに面白くなるものだ。これは自分の経験からも言える。
定年後フェイスブックをはじめたが、写真を撮っているうちに、植物の名前や野鳥、昆虫などの名前を知りたいと思って図鑑を買ったりしている。
すると、以前より身の回りの自然に関心が向くようになったのだ。これによって実に楽しくて、充実した時間を過ごせるようになっている。