モノは値切ってもサービスは値切らない。

モノは値切ってもサービスは値切らない。
「男はお金とどうつき合うべきか」川北義則著より。
もし工事などが伴う場合、値段を値切ると場合によっては手抜きになっているとも考えられる。そうでなくても、安い見積もりの場合は、どこか材料などがカットされている可能性もある。
ということで、モノはねぎってもサービスを値切るとあとで、痛い目に合うことにもつながりやすいと指摘している。つまり、それは相手の気持ちも値切っているということだった。
筆者は出版のプロデュースをしているが、製作費は基本的に値切らないことにしているそうだ。値切るよりむしろ相手の言い値で買ってプラスアルファのやる気を出すほうが得策だと考えていた。
一割値切って、売れない本をつくるより、言い値で仕事をしてもらい、二割の儲けを出す方が絶対にトクだという。値切りはその場のことだけで、あとのことも考えるべきだったのだ。

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いい買い物は人を幸せにしてくれる。
「男はお金とどうつき合うべきか」川北義則著より。
お金は「自分のしたい何か、欲しい何か」を手に入れるための手段だということをついつい忘れがちだ。目的のない貯蓄は、読みもしない本をせっせと買い集めるのと同じくらいバカげていると筆者は述べていた。
なるほど、そうだったと気づかされる。今後年金もあてにならないから、将来のためにある程度の貯蓄は必要だと思われる。しかし、それがいくらなのかはよくわからない。やはり将来の不安に備えて貯蓄するというのも当然だろう。
今なら時には旅行に出かけたりして気分転換を図るのも、精神衛生上には役に立つ。またお気に入りの衣料品買って身につければ、気分もいいものだ。ちょっとした工夫で、少ないお金でも楽しみたいものだ。
筆者は、お金を使う目的を見つけようとも言っている。今何に興味があるのかを考えると見つかるかもしれない。

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自らを財産化する。
「男はお金とどうつき合うべきか」川北義則著より。
実に面白い表現だった。自分が何か学ぶことに投資することで、知識や経験が増えてくるということだ。それが生き金になるのだろう。
人とは違ったことを経験することで、それは財産ともなりうるらしい。はじめからなにもかも恵まれた人では学べないことも、回り道をすることでいろいろなことが身についてくる。
また、経験を繰り返すことでスキルも独自のものが会得できるだろう。それは決してテキストには載っていない。自分を財産化できる人、(=お金を超えられる人)が本当のお金持ちだと述べていた。

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自然な気持ちで生きることが健康の秘訣である。
「行動することが生きることである」宇野千代著より。
これが長寿を生きた筆者の感想らしい。もともと丈夫だったようだ。というのも満八十歳の時でも、徹夜の麻雀をしていたというから驚きだ。そして翌日はぐうぐう眠るという。
自身で横着者の不養生だといっているが、それも慣れてしまうらしい。動物の本能のような順応性があるのが自慢だともいう。
身体を軽くして、肩の力を抜いて、何でもない気持ちで、生きていきたいものだと述べていた。そして、「人間は自然な気持ちで、つまり平常心をもって生活していきさえすれば、ほんとに長生きをすることが出来るもの」と信じてしたそうだ。
単純なことだが、一日一万歩の健康法だけは、十二、三年来励行しているという。やはり無理をせず、継続することが大事なのだろう。

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訓練が体を積極化する。
「行動することが生きることである」宇野千代著より。
「積極化」というのはやや面白い表現だが、印象に残る。またそれが筆者の気持ちがストレートに表れていていいのだろう。
健康のためにやり始めたのは、両手を上げて片足で立つことだった。年をとってからの片足立ちはバランスをとるのが難しそうだ。
しかし、それも訓練次第で17分も立っていられるようになったという。これはすごいことだ。その分体が鍛えられたということだろう。
初歩のことも少しずつやっていけば、そこそこできるようになるということだろう。ひとつができると、いろいろなことにチャレンジしたくなるのかもしれない。それが積極化ということだとも思える。

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暗示は魔法の力を持つ。
「行動することが生きることである」宇野千代著より。
しばしば、人は暗示で動くともいわれるが、それは本当かもしれない。いい意味での暗示は人を前向きにさせてくれるものだ。だから、マイナスのイメージを与える暗示はすべて裂けて、プラスに作用することだけを信じたいものだ。
たとえば、会う人に「風邪をひかない」ということを繰り返していうと、それが自分への暗示となるらしい。それが宇野さんが年齢を経ても元気な証拠かもしれない。
ある時、人から「自分に与えた暗示の通りになる」と言われたそうで、それを信じていたら一時書けなかった小説が書けるようになったという。書けるという暗示が効いたのだ。
面白いことだが、宇野さんは88歳になるまでトマトを美味しいと思わなくて食べたことがなかったそうだ。しかし、ある時から小さく切ってマヨネーズをかけて食べたら、美味しく食べられるようになって、喜んで食べるようになったという。