休んでも、やめない。

「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
ここでの小タイトルには、「休まないと、やめる。休む人は、やめない。」とあった。結局は長く続けていくことが大切だということだった。
どうしても休んではいけないと思っていると、1回休んだらもうおしまいだと思ってしまうようだ。つまりまじめな人ほど続かないで、むしろいいかげんな人のほうが続くともいう。
休んでもやめないことのほうが大事だった。だらだらやっていくほうが、長続きするかもしれない。
無理をすれば、長続きするのは難しくなる。そこそこでやっている方が、結果的にはいいこともあるのだ。仕事も一気にやってしまうより、適当にやっているほうが長続きしそうだ。
何ごともあまり完璧を求めすぎると、それがうまくいかない時には、ストレスがたまってしまうだろう。それではマイナスになってしまう。

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ヘタな成功より、うまい失敗をしよう。
「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
しばしば失敗は成功の元といわれるが、それはそこから次の成功へのヒントがつかめた場合だろう。また、次に再び失敗しないようにすることができればプラスとも言えそうだ。
失敗を失敗で終わらせないために、そこから何かを学ぶという姿勢が大事なのだろう。また成功したからといって、それだけで終わってしまったら、成長はないともいえる。
筆者は、失敗にも上手、下手があるという。一度成功したからと言って、それを次へ続けられなければ、もったいない。
失敗も、うまく失敗すれば失敗上手になれるらしい。一度たまたま成功したからといって、それが自分の実力につながるかどうか疑問でもあるあろう。

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冒険に踏み出すと、何かが見えてくる。
「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
とにかく、何でも安全第一で慎重にやり過ぎるというのも、停滞を招いてしまうものだ。仕事でも、いちいち確認ばかり繰り返していると、本来の目的を失ってしまうことにもなる。
ある程度のルールはあるかもしれないが、それにばかり縛られていると、創造的な仕事は一切できなkなってしまう。また、やりがいなども無縁のものになるだろう。
もし、売上げ達成をめざすなら、結果のために時には思い切った判断も必要になる。その臨機応変さがないと、うまくいくものもダメになってしまう。
一歩踏み出すことで、今まで見えなかった仕組みなども理解できるようになる。それは理屈ではなく体で覚えることに似ている。

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予期せぬ出来事を、勝手に味方にしよう。
「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
ここには、「人生のサーフィン」という言葉があって、新鮮に思えた次第。次のように使われていた「波に文句を言ったら、人生のサーフィンは楽しめない」と。
仕事をしていれば、予期せぬ出来事ばかり起こったりするものだ。初めてのことも多い。それに対して文句をいっても始まらないのだ。筆者はそれは海なら、波にあたるという。
人生はすべてサーフィンだと考えるといいようだ。とにかく波を待つしかしないのだ。波が来てはじめて前に進めるのだ。それを避けていたら、ただ沈むだけになってしまう。
予期せぬことも、それを勝手に自分流に解釈して、いいように考えてしまばむしろ得になるのだろう。いい経験だったとか、勉強になったと思えばしめたものだろう。

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失敗した時ほど、笑おう。
「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
一般的には、何か面白いことがないと笑えないものだ。しかし、しばしば言われるのは、笑うことでハッピーなことが寄ってくるともいう。
日本で昔から言われるのは「笑う門には福が来る」というやつだ。失敗しても笑ってごまかしてしまえる人もいる。それもある種の能力とも言えそうだ。
普通の人は、それもかなり意識してやらないと、できないことだろう。どんなことでも笑いにつなげらるというのも能力といえそうだ。
笑顔がいい人には、人は近付きやすいものだ。とくにサービス業に携わる人なら、それは言葉より大切なこととも言える。失敗とは関係なくなてしまったが普段から笑顔がいい人なら失敗もいいほうへとつなげられそうだ。

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サプライズがなければ、楽しくない。
「最近、何かムチャなコトした?」中谷彰宏著より。
楽しいことの要素の一つにサプライズがあるというのは理解できる。それがあれば、喜びも倍増するかもしれない。
初めから、何の期待もしてなかったときほど、サプライズプレゼントがあったりすると効果は抜群だろう。サプライスは感動にもつながるものだ。
また、サプライズはモノにこだわなくてもいいと思える。ホメ言葉なども時と場合によっては、サプライスになるだろう。
今まで知らなかった知識が増えることも、サプライスになる。へ〜そうだったのか!、というトリビアなことなどだ。理屈ではなく体で感じることでもあるのだ。