テンションを上げるためには、集まった情報の数は関係がない。

「テンションを上げる45の方法」中谷彰宏著より。
むしろ情報をたくさん持っている、という人ほどテンションが低いそうだ。ただたんに情報が集まってもあまり意味がないのだろう。
テンションが上がるのは、入ってきた情報から新しい価値を生み出す時だったのだ。要するにある意味、情報の質が問題だとも言えそうだ。
人によってはダメな情報を集めて安心したい人もいるらしい。つまり言い訳情報ということになる。
できれば情報収集はテンションを上げるためにしたいものだ。いかに集まった情報を活かせるかがポイントだった。情報が手に入ってもそれを生かして動くことが大事だった。

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イデアは、話せば話すほど、テンションが上がって成長する。
「テンションを上げる45の方法」中谷彰宏著より。
ここでの、小タイトルは“企画は、話すことで、テンションの高い企画になる”とあった。もちろんしれは誰が相手かによるものだとは思うが。
いい反応をし示してくれる人なら、よりアイデアが膨らんでくるかもしれない。人に話すのと同時に自分にも話していることで成長するらしい。
ここでは、もし誰も聞いてくれる人がいなければ、自分自身にアイデアのプレゼンテーションする、という表現もあった。実に面白い考え方だ。
たとえば、ここをこうしたらもっとウケるだろう、と考えているうちにテンションがあがることもある。
自分で新しいことを気づくためにも人に話すのはいいかもしれないな。話している間に別のことを思いつくこともあるものだ。

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負けることでテンションが上がる。
「テンションを上げる45の方法」中谷彰宏著より。
ここでは面白いことが書かれていた。それは、「失敗しないことが、最もテンションが下がることです」とあったからだ。意外な発想だった。
考えてみれば、トライしなければ失敗もしない。でも、それだけではテンションは下がりっぱなしということになってしまう。そう考えれば理解できる。
やはりドキドキしながらやって、それがうまくいった時の喜びは大きいものだ。そのとき初めてテンションがあがるものだ。逆にチャレンジがなければ失敗もない代わりに楽しみも味わえない。
夢の実現はめんどうくさいことだったのだ。ラクして夢は実現できないという意味だった。先月映画で「柘榴坂の仇討」と観たが、復讐するのが夢の実現だったが、それを実現するというのは実に大変なことだと思われた。
主人公はむしろ、切腹させてもらったほうが楽だったのだろうが、それをさせてもらえないというのも苦労だったと思われる。夢の実現には多くの苦労が伴うのだろう。

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一緒にごはんを食べて、楽しい相手になっているか意識する。
「テンションを上げる45の方法」中谷彰宏著より。
食事は毎日するものだが、やはり一人より仲間と一緒のほうが楽しい。しかも話が弾んでいるときほど味わえる気もする。一人で食べても味気ないものだ。食事の場をどれだけ楽しめているだろうか、とふと思ってしまった。
さらに、テンションのほどほど高い人と一緒に食べると、よりおいしく食べられそうだ。ただし、勝手に一人だけが話して聞き手というのは逆にテンションは下がってしまう。何ごともほどほどだろう。
中谷氏は自分のテンションをキープしていないと、本を読んでくれる人に低いテンションを伝えることになってしまうから注意しているようだ。
これは一般的にも、自分が何かを書く時も同様のことが言えそうだ。テンションが低いまま書いていると、つまらないことを書いてしまいそうな気もする。またテンションが高ければ、いいアイデアも浮かびやすい。

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