人が集まるところには、気があふれていて、元気になる。

「都会に住んで元気になろう」中谷彰宏著より。
この本の第一章は「都会は、出会いのチャンスにあふれている」となっていた。確かに人が多ければそれだけ何らかのチャンスはあるだろう。また危険なチャンスも同じくらいあるかもしれない。
人は人に出会うことで元気になるというのはよくわかる。これは逆の発想をしてみればわかりやすい。一人で長くいる時や孤独ではさみしいばかりだ。
しかし、人と話す機会があればまた、知り合いや友人と会うだけでも気持ちが違ってくる。その時の話題も大切な要素だろう。
ここには、ニューヨークに行くと元気が出る・・・というようなことが書かれていた。かなり前だが、ある人からも、パワーを得るためにニューヨークへ行ってくると聞いたことがある。
ニューヨーク自体に気があるのだという。だから、そこへ才能のある人が集まって成功していくらしい。しばしば本当に実力のある人はニューヨークで頑張れるらしい。

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静かなところで勉強しようという発想はそもそも間違っている。
「都会に住んで元気になろう」中谷彰宏著より。
都会には刺激があるのは確かだろう。郊外に住んでいるととくにそう思える。自分も就職する際には、郊外にある地元より都会を選んだことを思い出す。
また東京とはいっても、人が特に多く集まるところのほうが刺激を与えられる。同じ東京でも郊外と中心ではまったく違ってくる。東京であればいいというものでもない。
早稲田大学は街なかにあるから早稲田大学で、都会でない郊外に行ってしまえば、早稲田でなないという。同様に青山学院大学は青山にないとつまらないという。まさにその通りだと思える。
名前だけ都心でも、実際に通うのが地方の山奥ならがっかりだろう。受験する気もしなくなってしまうのはよくわかる。勉強も刺激があるからできるのだというが、それだけ周囲から学べることも多い。
むしろいろいろな文化に触れることで、学べるともいえるだろう。目から入る情報も多い。静かな家の中で本を読むより電車のなかや喫茶店で音が耳に入るくらいのほうがよく読めたりもする。集中しようと思うからだろうか。

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「便利」イコール「マンネリ」
「都会に住んで元気になろう」中谷彰宏著より。
なるほど、これは入れるかもしれないと思った次第。便利なところに住んでいると、それが当たり前になってしまい、何の刺激もなくなってしまう。
もしかしたら、能力が退化してしまうのではないだろうか。むしろ変化が多いほど不便だとも言える。しかし、それなりに刺激にはなるだろう。
引越しなどすれば、いろいろなものを変えていかねばならない。交通やかかる時間も変わってくる。近所の人もどんな人かもわからない。行きつけの店も全く異なってしまう。
自分も引っ越して駅からかなり遠いところに住んでいるが、それなりに慣れるとよかったとも思える。近ければ便利だが、今はそれ以上の良さを実感している。住めば都は本当だ。
とくに植物や自然に触れる機会が増えたことだ。それ以前はまったく興味がなかったものに、関心を持つようになれたことが、自分のライフワークに影響を与えている。
その要素は、庭、散歩、植物、野鳥を目にすることだった。散歩からは、健康志向を目指すようにもなってきた。田園の風景をいつでも眺められるのはありがたい。しかも都心には毎日通える距離でもあった。