人は須(すべか)らくまず当下を料理すべし。

「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
この本のサブタイトルには“佐藤一斉「言志四録」を読む”とありました。彼は幕末の儒学者だったとあります。ここには、人生に必要なことを短い言葉で的確に言い当てているからが筆者がとりあげた理由だった。
料理というのは、ここでは処理するという意味だった。つまり、いま目の前にあることをしょりすることに専念しなさいということだった。まず、目の前のことがこなければ、仕事はうまく進んでいくものだという。
斉藤氏は、やらなければならないことのリストの前に、チェックを入れる□印を書き込むという方法をとっていた。それをチェックしていくことで仕事の効率も違ってくるという。たしかにこれはいいアイデアだろう。
過去や未来のことを思いわずらってしまうと、時間がどんどん過ぎてしまう。いまだけを意識して、いまを生きることが大事だというアドバイスだ。いまもそんな気持ちで書いているかな。

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およそ事を処理するには、出来るだけ平穏のうちになすべきである。
「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
まあ、当たり前と言えばそう思えるが、あえて胆に銘じなければと思った次第。つまりトラブルは早めに処理せよということだった。
時間が経つにつれて、つまらないことも大きくなってしまうことがあるからだ。早めに手を打っておくだけで、トラブルにもならずに済むことも多い。
遅くなればなるほど、打つ手は限られてしまうことになる。トラブルは未然に防ぐこともできる場合があるのだろう。
時には早めの報告や処理が信頼につながることもあるという。最近はネットなどで情報が広がることが多い。気をつけねばと思う。

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結論を決めてしまってから、その材料を探す。
「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
ここでは筆者の齋藤氏が文章を書く時のポイントも述べられていた。原稿の量にかかわらず、メモ書きでいくつかのキーワードを中心に、構成を考えているようだ。
そしてこのメモ書きの段階で「迷い」を終わらせることができるので、スムーズに書き進められるという。それから、書きはじめる前にやっておくことは、最後の一文を決めておくことだった。
これは意外なことでもあった。いつも最初にすることは、タイトルと最後の一文を決めてしまうことだった。材料も結論がない状態で探すより、いいたいことを決めてからのほうが効率がいいともいう。
なるほどとも思える。材料が3つくらい見つかったら、ゴールは決まっているから落ち着いて書き始められるのだった。シンプルだが試してみたいものだ。

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何が「害」なのかは、人によって違う。
「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
仕事にも得意不得意があるものだ。営業向きと事務系向きとは違っていることが多い。その人にとって面倒なことでも、自分には苦にならない仕事はあるものだ。
単純作業が得意な人もいるし、考えることが好きな人もいる。安定志向があれば新規のことを始めるのが好きな人もいる。関係ないが、酒を例にとれば飲み過ぎれば害になるが、程度に飲めば百薬の長という言葉もある。
飲めないだけでコミュニケーションの機会も幅も狭まってしまいそうだ。多くの人は嫌がることも、自分にとっては苦にならないということがあれば、利害の調整はしやすいらしい。
ここでは、「利を興すは害を除くに如かず」とシンプルな表現になっていた。企業の利益を上げるには、売上げを伸ばすより負採算の事業の改善が手っ取り早いことになる。よく行われるのが、人件費の削減だろう。

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紙に書いてステップを踏むと、「思う」が「考える」に変わる・・・
「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
斉藤氏は思うことと考えることとはまったく別だと言っていた。そう言われれば、あまりそれらを区別して考えることはなかった。単に思うだけでは軽すぎるのだ。
また文章にすることで、思うから考えるにも変わるという。さらにこれをすすめて、より効果が高いのは、考えを言ってみなさいよりも、「工夫を言ってみなさい」ということだった。
どういう工夫をすればいいのか、という問いは具体的で分かりやすい。ふだんあまり工夫という言葉を使うことはないが、これは具体的にものを考える場合には有効そうだ。


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予測力の有無こそが、実は実力を引き出す一番の要因・・・
「最強の人生指南書」齋藤孝著より。
かつて「想定内」という言葉が流行ったものだった。2005年の流行語になったのは、当時のライブドア社長だった堀江貴文氏が使ったからだった。
記者の質問に対して「想定内ですから」と落ち着き払って話す姿には動揺も感じさせなかったものだ。それが本当かどうかはわからないが。
いずれにしても、対処法は事前に考えていたという意味だろう。実際にそれができていれば動揺もしなくて済むものだ。つまり、そんなことは起こりうることだと予想していたということだ。
それができれば、実力も発揮しやすいのは確かだ。ここでのテーマは「予測力が実力を左右する」だった。スポーツの世界ではファインプレーに見えるものは、本当のファインプレーではないという。
野球なら、打者の打球の方向をあらかじめ予測してその位置で守備をしている場合は「よくぞそこにいた」となるのだろう。それこそが、本当のファインプレーで、そんな予測ができるのも実力があるからということだった。