偶然を必然に変えてしまう。

「モチベーションを思うまま高める法」小山龍介著より。
たまに目にする言葉にセレンディピティというのがあるが、これは偶然の中に新しい発見をする能力のことらしい。筆者は原稿を書いているときなど、たまたま手に取った本や雑誌の中に、「これは原稿に使える!」という個所が目について驚くことがあるいう。
確かに、そんな偶然はあるものだ。それもきっといつも物事に関心をもっているからこそ目に入るのだろう。はじめから関心がなければ、たいていは通り過ぎてしまう。
ほとんどは偶然ではあるが、それが必然のように感じられることもある。セレンディピティはもともと偶有性を受け入れるだけの心の余裕も大切なようだ。あわただしいばかりでは、有益な情報も目に入らない。
たとえそれが偶然であっても、必然と思うことで力にもなるのだろう。過去にはさまざまなノーベル賞レベルの発見もそんな偶然から生まれていることがあった。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんのニュートリノの観測もセレンディピティだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仕事に工夫を加える。そして、新しいものを生み出す。
「モチベーションを思うまま高める法」小山龍介著より。
つまりこうした、創造的な生き方は「クリエーターとして生きる」ということでもあった。別に一部の芸術関連の仕事をしている人に限らなかったのだ。
小山氏は、モチベーション管理として、大きく3つのことを取り上げていた。それらは、「成長実感」「熱中」「ひらめき」だった。仕事がスムーズに行くようにその方法を考えることも含まれていた。
報酬のために仕事をする、というよりむしろ仕事がおもしろいから仕事をするのだそうだ。これができれば理想的だろう。ここで、筆者はややユニークな表現を用いていた。
それは、「人生のコンシューマーになるのではなく、人生のクリエーターになるべき」だという。つまり受動的に生きるのではなく、能動的に生きるべきだと提案している。それがクリエーターだったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
感謝の気持ちほどやる気をかきたてるものはない。
「モチベーションを思うまま高める法」小山龍介著より。
サービスでもそれをすることによって、相手が喜んでくれるとそれだけでも嬉しく感じるものだ。その積み重ねでよりよいサービスに努めよと思ったりもするのではないだろうか。
相手の笑顔が何よりの喜びにも感じられることもあるものだ。すると今度は進んで相手が喜びそうなことを考え出したいとも思ったりするのだはないだろうか。
同じようにボランティアでも、労働を提供すること、(つまりここでは贈与という表現もあったが)でそのことが社会的に役立っていることを実感出来れば、それが報酬とも考えられる。
報酬がないことで、純粋にその労働を楽しもうという気持ちも生まれるようだ。やりたいことをやることに意味があるのだろう。目的は感謝ではないというところがポイントとも考えられる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「やったことがないから、面白そう」と考える思考習慣を身につける・・・
『なぜ、タモリさんは「人の懐」に入るのがうまいのか?』内藤誼人著より。
タモリさんは、自分から仕事を得ようとしたことはないようだ。つまりまわりの人たちが、タモリさんに仕事を振ってくれるからだった。
そして、持ちかけられた仕事は平気で引き受けて完ぺきにこなしてしまうのだった。どんな仕事も、流れに身を任せて仕事をしてきたようだ。
こんなことは誰にでもできるわけではない。持ち込まれた仕事が初めての場合は、未経験だからと尻ごみするのが普通だ。そうしてビジネスチャンスを失ってしまう。
タモリさんは、持ちかけられた仕事はイエスといって引き受けてから、どうやってこなすのかを模索するのだそうだ。未経験の仕事も興味を持って取り組むことで、自分の地亜kらが広がっていくのだった。
筆者の内藤氏も、「こういうテーマで本を執筆できますか?」と聞かれることがあるそうだが、やはりタモリさんと同様に、何も考えずに「できる」と答えているそうだ。そのあとで、どうやってこなすかを考えてるという。やはりできる人は、その辺が違うのだろうな。それだけの力(自信)があるという証拠でもありそうだな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・