人間のコミュニケーション能力というのは結局「踏んだ修羅場の数」・

「不完全な時代」坂村健著より。
サブタイトルには、“科学と感情の間で”となっている。また新書の帯には「どう生き抜くか」ともあった。つまり生きにくいこの時代にどう考えていくべきだろうかという提言が述べられている。
そこで筆者が実感していることの一つは、フレーズにあげたようなことでもあった。ここでの小タイトルは“制度設計のプロを育てる”とあり、技術は大事だがそれと同程度かそれ以上に、その技術を社会につなげるための制度設計も重要なことだと述べいてる。
その例として、日本のAVメーカーでもあるソニーがアップルの音楽プレーやiPodに圧倒的な差をつけられたことがあった。それは技術よりも流通方式の改革、ネットワーク時代の著作権をどう考えるかという制度問題で差をつけられたことが実際だったようだ。
今後のイノベーションには、将来の制度設計のプロである文系学生を鍛えていくことも大事なことになってくる、というのが坂村氏の主張だった。さて、コミュニケーション能力を考えると、やはり若いうちにより多くの困難を乗り越えたということが生きているようだ。多くの経験は人を成長させ、また説得力も異なるのだろう。

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ネットにアクセスできるかどうかが社会生活において大きな差になってしまう。
「不完全な時代」坂村健著より。
これは第5章の「国家と個人」という部分の“「情報弱者」のサポートを”と題して述べられいる個所のワンフレーズだった。
つまりネット環境が整っていればそれなりに、たんに便利だからというものではなく、そこからの情報が得られないことによって、被害を被ることさえありうるという意味でもあった。
現在は、変化のスピードが早くなっている。それに対応できるのはネットでもあった。しかし、誰もが同じように情報を得られるわけでもなかった。
たとえば、火災報知機の設置にしても、家屋によって全部でいくつ必要で、いくらくらいが目安だと分かれば業者がきても安心できる。しかしそんな情報は役所は出していない。
とくにお年寄りにとっては、情報弱者になりやすいか、役所だけでは不十分な対応も多くあって、そのサポート体制を作るべきだという考えもあった。
新時代の福祉としては、国がどういうサポート体制ができるのかを考えていくべきだった。そんな面でまだまだ「不完全な時代」なのだろう。

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ある統計によると文系のと理系の平均生涯賃金の差が5千万円・・・
「不完全な時代」坂村健著より。
実に気になるワンフレーズだった。どんな統計かはここには書かれていないが、この後に続くのは「当然多いのは文系だ」となっていた。
逆に多いのは理系だとばかり思っていたので意外な気がした。坂村氏はこれほどまで差があると、「金がすべてではない」「好きな道だから頑張って」というのも虚しく感じられるという。
大学志望での理系離れはひどいらしい。工学部の志願者はピークから比べて6割減だという。就職には苦労しない筈の電子工学科は学科が維持できないほど学生が減っているという。
これは日本ばかりではなく、先進国といわれる国ではどこもそうらしい。その分野で生きていこうと思わせるものないのだろうか。知らなかったが、フレーズにもあげたように、生涯賃金の格差もその要因らしい。
組織内の評価は管理職にならなければ、給料はそれほど多くは望めない。そして理系の業務は管理職のキャリアに直結しない。今は能力給が当たり前になっている。もし、理系でも管理職になれば高賃金も可能なのだろう。
また理系の場合、技術者としての能力が発明などによって大化けすることもたまにはあるだろうが、それは例外と考えたほうがよさそうだ。だからと言って文系で高学歴、難関有資格者が有利とは一概にも言えないだろう。
司法試験に合格したからと言って、即収入につながるわけでもない。仕事が得られるかどうか、そこから先は、本人の努力、実力だけが問題になってくる。厳しいものだ。
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親切の大盤振る舞い・・・
『なぜ、人は「体育会系」に弱いのか』内藤 誼人著より。
人間関係をよく保つにはこれがいいらしい。普段あまり念頭に置いたことがなかったので新鮮に思えた次第。別のページには、人間関係で大切なのは、自分のほうが、ほんのちょっぴり損をすることだとあった。
つまり相手にトクをしたなと感じさせることが、人間関係を長続きさせるコツらしい。恩を売って、貸しを作ることはかなり有効なようだ。困っている人がいたら、どんどん手を貸すことがいいという。
それが習慣となってしまえば強いのだろう。自分ばかりが損をしていると思わないことだ。つまりそれが、親切の大盤振る舞いということだった。あまり損得ばかり先に考えるのもよくないようだ。
ここには、こんなことも書いてあった。「あなたが貯金した親切や愛情は、そのまま返ってkるのではなく、むしろ、“利息がついて返済される”」と。まあ人に親切にするのは自分だって気持ちがいいことだとも思える。

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ビジネスマンにとって、始終上機嫌でいるのは、最強の武器になる。
『なぜ、人は「体育会系」に弱いのか』内藤 誼人著より。
筆者は好かれるコツを3つ挙げろと言われたたら、第一に笑顔、第二に笑顔、第三もやはり笑顔と答えるという。確かに心からの笑顔の嫌いな人はいないだろう。
こちらが笑顔だと、相手からも笑顔をもらいやすいものだ。それが仕事では力を発揮するのだろう。誰も不機嫌そうな人には近づきにくい。
そこで上機嫌になる方法は、いつも上機嫌のふりをしていればいいということだった。これはアメリカの心理学者の言葉でもあった。
無理にでも笑っていると、ほんの少しの違いではあるが、次第に愉快な気持ちになっていくというデータもあった。
また笑っている人を見るとこちらも楽しい気分になれるものだ。笑顔は最強の武器だと念頭に置いておきたいものだな。

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自分がやりやすいように、ルールをカスタマイズしてしまう。
『なぜ、人は「体育会系」に弱いのか』内藤 誼人著より。
ビジネスでは、いくら頑張ったといっても、成績を残さなければダメを押されてしまう。つまりほとんどの仕事では結果のみが評価される。
もし、会社の規則やルールがあったとしても、自分にやりにくければ、時には無視をして結果を出すことも必要だという。確かにルールの範囲内だけで結果を出すのは難しいのいかもしれない。
もし、プロ野球なら打者がバットをどんなふうに構えようと、ヒットが打てれば文句はないのだ。同様に投球フォームも本人に合っていればそれでいいことになる。
かつて、近鉄オリックスの監督として、野茂投手やイチローを育てた仰木彬さんは、選手のやりたいようにルールをカスタマイズするのが上手な監督だったのだ。
ビジネスは常に結果でしか評価されない。言われたままやったからと言って、うまくいく保証はない。ならば、できれば自分流で結果をだしたいもの。
むしろルールや規則は破られるためにある、と考えれば気が楽になりそうだ。まあそのためには、誰もが文句言えないだけの成果を上げられることが条件だろうが・・・
















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