芸術とは、目に見えるものを複製することではない。

「ギフトE名言の世界」8月号より。
ここでのテーマは「表現」だった。このフレーズのあとには、「見えないものを見えるようにすることだ。」とあった。いくら本物らしくてもそれだけでは十分ではなかったのだ。
この名言を残したのは、パウル・クレー(1879-1940,スイスの画家)だった。とくにあとのフレーズがあることで、前の表現が生きてくるように感じた。
芸術のレベルにまで高めるには、単にモチーフを忠実に描くだけではなく、それを見た人に何らかの感動を与えなければならないということなのだろう。もちろん忠実に再現できることも当然ながら難しいことだが。
絵画だけでなく、演劇、映画、文学、音楽すべての芸術世界に言えることだ。たんにその場限りが楽しければいいというのでは芸術とはいえないのだろう。
表現することは誰にでもできても、そこに深みを感じたりやそこから感動を与えるのは容易ではない。そう考えると軽々しく芸術などと口に出せない・・・

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企業のトップは、昔は“えらい人”で務まっていたが、今は“プロ”でなければ務まらない。
「ギフトE名言の世界」8月号より。
これは飯田庸太郎(1920-2002,元三菱重工業社長)の残した名言だった。しばしば「えらい」という言葉を使うことがあるが、それほど深くは考えたことはなかった。
組織の中で「えらくなる」と考え、たんにその職場での役職が上の方の人というイメージだった。役職が上になったからといって、必ずしも尊敬できる人とは言えないだろう。
むしろ、その地位を得るためには、その他多くの人が犠牲になってることも考えられる。仕事がよく出来る、イコールえらい人というのとも異なりそうだ。当然ながら人間的にも優れていてほしいもの。
今では誰から見てもプロでなければ、務まらないのだろう。ある程度の専門的知識や豊富な経験と実行力、人的ネットワークなどがあって有能な人であることが必要なのだろうな。
これを書きながら、以前聞いたことのある、「企業は人なり」という言葉を思い出した。人とは社員でありまた優れた経営トップという意味も含まれているのだろうな。

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経営とは、人々をやる気にさせること以外の何ものでもない。
「ギフトE名言の世界」8月号より。
こう言い放っているのは、リー・アイアコッカ(1924- )だった。元クライスラー会長兼CEO。1970年にフォードの社長になるが、オーナーに解雇されていた。
しかし、その後経営難だったクライスラーに移り、再建に成功していた。そんなアイアコッカだからこその言葉なのだろう。“経営とはやる気を出させること”、というのは実にシンプルで分かりやすい。
これはまた経営だけではなく、たとえば教育者にも言えそうだ。生徒、学生にいかにやる気を出させることができるか、と考えてもいい。優れた教師は授業を楽しく出来るに違いない。
さて、実際に経営者はどれだけ一般社員にやる気を出させているだろうか。むしろ風通しが悪くて、トップの考え方が下にまで伝わらないことの方が多そうだ。
ということは、トップがそれだけ一般社員にやる気を出させることは困難なことだともいえそうだな。本来は役職が上になるほど下が何を考えているか、問題なのかを知るべきだろうな・・・