日本人の感性が、そのまま海外の子どもや若者を引きつけている。

「一流をつくる法則」齋藤孝著より。
「マンガ誌という怪物」という章では、ちょっと驚きのパーセントや数字があった。たとえばそれは、世界のテレビ局で放送されているアニメ番組の60%が日本製だといわれているからだった。また、「ポケットモンスター」は68カ国、「クレヨンしんちゃん」は40カ国、「ドラえもん」は35カ国で放送されているという。
日本以外でもものすごい人気ぶりだとわかる。日本でウケれば海外でもウケるということになる。かなり古い作品の「巨人の星」もイタリアで人気を博したらしい。かなり日本色の濃いアニメでも世界に通用している。
そう言えば、以前新宿の大型の本屋に行った際に、英語版の「美味しんぼ」「ワンピース」「のだめカンタービレ」「名探偵コナン」「NANA」「花より男子」「ドラゴンボール」などがあったことを思い出した。
しばしば週刊マンガ雑誌に掲載されたものが、アニメ化されまたドラマ化されている。最近ではマンガでヒットした作品が映画化されることも頻繁だ。それは安易だとも思えるが、外れがないからだろうな。
この本では「あしたのジョー」のイタリア語版は「ロッキー・ジョー」になっていたことがわかった。アメリカでは「少年ジャンプ」は強引にも「SHONEN JUMP」という名称で出版されていた。いずれにしても日本のマンガ文化がそのまま海外でも通用し、大きなマーケットになっていることにちょっと驚き!

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雑誌は商品でありながら、新人発掘の場でもある。
「一流をつくる法則」齋藤孝著より。
この雑誌とは、マンガ週刊誌のことだった。一冊に掲載されるマンガの本数は限られているから、有望な新人が出てくれば、その分消えてゆく者もいるということだった。新陳代謝はすさまじい。
それは主に読者アンケートによる人気投票によるものだった。人気が低ければ無理やり打ち切られることもあるようだ。実に厳しい現実がある。
客観的で完全な実力主義という感じがする。面白い作品しか生き残れない。その分新人にもチャンスがあるともいえる。週刊というのは、当然ながら毎週新しいアイデアでマンガを描き続けていかなくてはならない。
しかもそこには過酷な競争システムがあるのだ。マンガ家を目ざす新人も多いだろうが、世間に通用するのは大変なことだ。そうえいば、私の高校時代のマンガの才能あるクラスメートのことを思い出した。
彼はマンガが抜群に上手で、卒業後すぐにある有名なマンガ家に弟子入りしたのだ。その後新人賞などもとって、数冊の単行本も出したものの、その後は別の仕事に就いていたな。ヒット作品を継続するのはやはり難しいのだろう。

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天才をプロデュースするのが名編集者だと言える。

「一流をつくる法則」齋藤孝著より。
ここでの天才とは絵が抜群に上手い鳥山明のことをさしていた。『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』で「少年ジャンプ」を600万部のこえる怪物雑誌にしたのだから、天才だといってもいいのだろう。
しかし、彼とても初めから天才だったわけではなかった。すぐれた編集者によって見出され、磨かれてようやく一流の域に達するのだ。つまり彼の才能に目をつけた編集者との出会いが良かったのだろう。
作家はみな編集者のとの二人三脚の時期が必要なのだろう。鳥山は出会った編集者との間で500枚のボツ原稿の山を築かねばならなかった。二年間の歳月で鳥山は鍛えられたようだ。
新人にとっては編集者は神のような存在でもあった。もちろんベテランの作家にとっても連載打ち切りの権限も持っている。またごく一部の作家を除いては、経済的にも安定した高収入を得ているようだ。
だからこそ、フレーズにあげたように、名編集者なら天才をプロデュースすることもできるということだった。逆に言えば、せっかくの才能も素晴らしい出会いがなければ見出されないということもあり得るか・・・な。