ストーリーさえ浮かんでいないのに、題名ができているわけはない・・

「動詞の考察」佐野洋著より。
「動詞の考察」というのがなんと推理小説のタイトルだったので、ちょっと気になった次第。いったいどんなものだろうと手に取って目次を眺めてみた。そこには「合う」「切る」「する」「とる」「眠る」・・・「割る」というふうに10個の動詞が並んでいた。
それぞれが短編の題名になっていたのだ。実に風変わりな感じがした。このような動詞を選んだのには理由があった。佐野さんの癖で、締め切りぎりぎりにならないと小説のアイデアが浮かばないという。
ところが、編集者は(雑誌の)目次や表紙はカラー印刷だから早めに印刷に回さないと間に合わないとせかされるとのこと。とにかく題だけでも早く渡してほしいと言われたそうだ。そこで比較的簡単な動詞を題名にしてしまい、あとはそれに合わせてストーリーを考えたのだった。
推理小説の場合は、犯罪が主要テーマで、たいていの犯罪には色と欲がからんでいるから、題名の動詞を考えているうちに、ごく自然に小説のストーリーが浮かんできたという。しかし、これはベテラン作家だからこその技だろう。
あとで、気がついたがそれらの動詞は『あ行』『か行』・・・というふうに『わ行』まできっちりと出来上がっていた。初めの段落のなかの「合う」「切る」「する」・・・からもわかる。それに気がついたのは筆者のあとがきを読んだ時だった。関係ないがこれもまるで、推理のようにも思えた次第・・・

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スポーツ選手は、だれも彼も、言い合わせたように『頑張ります』とだけしか口にしない。
「動詞の考察」佐野洋著より。
これは「張る」という題名で書かれていた短編小説の中のワンフレーズだった。つまり「張る」ということにこだわってストーリーを展開していたのだ。
物語の前に「はる」の意味が広辞苑より抜粋されていた。その一部を書いてみると次のようになる。“いっぱいに押しひろがるの意。芽がふくらむ。ふくれる。はちきれそうになる。一端から他端へたるみなく延べ渡される。筋肉がこわばる。”
佐野さんはこんな意味からいろいろと想像をめぐらして、ストーリーを考えたようだ。そして、冒頭の部分では、テレビのなかでアナウンサーが勝利投手にインタビューをしていた。上記フレーズは、その中で「頑張ります」という言葉を耳にして主人公がつぶやいた言葉だった。
もちろん「頑張る」のはスポーツ選手だけでなく誰でもが日常無意識のうちに使っている。主人公の通う予備校では「さようなら」の代わりに「じゃあ、頑張って」と言い合うほどだった。
また、“「頑張る」は当て字。「我に張る」の転、ともあった。1、我を張り通す。2、どこまでも忍耐して努力する。3、ある場所を占めて動かない。『広辞苑』より、”などという説明もされていた。
2ページ目には“『あんまり、見栄を張らない方がいいわよ』という、あの女の声が、また蘇って来た。”というセンテンスがあったが、気がつけば、ここでも「張る」が使われていた・・・