「お喋り」こそが、家庭におけるコミュニケーションの最大のメディア

「帰宅の時代」林望著より。
個人的には、家ではあまりお喋りをしない方なので、ちょっと気になった次第。というよりも、むしろワイフと娘(次女)の話に入っていけないと言った方がいいのかもしれない。
彼女たちは平気で2時間くらいは喋りまくっている。私などまったく話題についていけない。共通の話題がほとんどない。だからますます話に関心がなくなってくる。
私などはそんなに長時間にわたって喋るなら、その分勉強するか本でも読んだらどうだろうか、と言いたいくらいだ。たとえそう言ったところで、聞きはしないだろう・・・
まあ私も、へたに喋りかけられたら時間がもったいないとも思えるが。林氏は、“「男は黙って」なんていって、家にいても黙然として口をきかない男たちは、家庭に「いないも同然」”だと主張する。
実に厳しいお言葉だった。とにかく、くだらないお喋りも含めて「家庭」だという。確かにくだらないことでも直接話をすれば、コミュニケーションをした気にはなるのだろうが。
長女は別のところに住んでいるので、ほとんどの連絡はケータイメールがメインになってしまった。その方がかえってコミュニケーションはとりやすい。しかし、直接対面したときのほうがやはり話は通じやすいものだな。

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朝は私が起きてくるまで妻はお茶を飲みながら待っています。

「帰宅の時代」林望著より。
これは原文通りだが、本を読んでいないとちょっと意味が分かりにくい。要するに上記の「・・・待ってます」の前に“夫である私が料理を作るのを”と補うと分かりやすくなる。
そこで、これは一般家庭の場合と逆になっていることがわかりちょっとびっくりする。そして、夕食も同じように、毎日、林氏が作って二人で食べているという。
料理はもっぱら夫の仕事で、奥さんは料理が得意じゃないから作らないということだった。ただし食後の皿洗いはやってくれるそうだ。ご主人の方が料理が上手く、苦労を感じないというのがすごい。
だからといって、林氏は家庭の“主夫”専門ではなく、ちゃんと仕事を持っている。奥さんも外で仕事をしているようだ。しかも、これでかなり仲がいい夫婦のようだ。
というのも、深夜11時過ぎには、ほぼ毎日例外なく二人揃って速歩の散歩をしているという。いつもお喋りは欠かさないそうだ。実にうまくいっている夫婦だなぁ〜。


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「世話を焼かナイジョの功」

「帰宅の時代」林望著より。
面白い表現なので取り上げてみた次第。要するに奥さんが夫に対して余計な世話を焼かない、それが林氏には内助の功だという意味だった。
着るものに関しては、妻はまったくノータッチで、すべて自分で選んで買い、好きなようにコーディネートして着ているというが、それはうちでも同じことだ。
出張のときも、すべて自分で用意をするなど、お互いに自由にして手出しをしないというのが気持ちがよいものらしい。それは理解できる。洗濯ものなども一切奥さんは手出しをしないのだろうか。
料理は前日も書いたとおり、ご主人の役目だった。奥さん食事の世話を焼かないことが、内助の功になっているのだった。でも、これを勧められたからといって、すぐに実行できる人は稀だろう。
すべてうまくいくには、コミュニケーションが十分にとれていることが最低条件だろうなぁ〜。うちではとても無理だな。私は全く家事はできないし・・・。せいぜい部屋の掃除と庭の樹木の枝切り程度かな。