何歳からを「おじさん」と思いますか?

ホームページ「日経ワガマガ」2009.7.14付より。
「モテる」を真剣に考える。今、再びの男磨き。というタイトルがあったのでちょっと気なった。
この調査は全国の女性1000人(既婚女性500人、独身女性500人)にインターネットを通じてアンケートしたもの。すると次のような結果だった。
30歳8.8%、35歳16.2%、40歳35.6%、45歳以上24.8%。
しばしば女性は29歳過ぎたらまたは30歳過ぎたら「おばさん」だというようなことを聞いたことがある。しかし、それに比べれば、男性は40歳や45歳以上だということになっている。とはいっても私はその年齢はとっくに過ぎているが。
もう少し突っ込んだ質問があった。「恋愛対象となる男性の年齢上限は?」というもので結果は下記の通り。
35歳12.6%、40歳以上15.4%、45歳以上30.6%となっている。ということで、45歳以上と答えた女性が3分の1もいることがわかる。ということはあまり年齢に関係ないとも言えそうだ。中年のおじさんは、これを知ってほっとしたりして(笑)
さらにもうちょっと突っ込んだ質問があった。「男性と初めて会った時まずチェックするポイントは?」(複数回答可のベスト3)
顔74.3%、服54.1%、スタイル41.6%となっていた。
顔以外では、身長、足の長さ、肩幅ではなかった。顔はどうしょうもないな〜。むしろ自由回答で最も多かった答えが「雰囲気」だったという。で、どんな雰囲気かもちょっと気になるところだが・・・

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男の品格は所作・振る舞いから。
ホームページ「日経ワガマガ」2009.7.14付より。
(前日のつづき)
ホームページの次ページでは、アメリカンスタイルのマナーのプロ、諏内瑛未氏のインタビュー記事があった。(かなりの美人)
彼女は「(マナーのプライベートレッスンについて)以前は女性の方がメインでしたが、数年前から男性がとても多くなりました。ご家族にも内緒で申し込まれる方もいらっしゃいます」と述べている。
ということは、それだけ雰囲気の大切さを考えるようになったということだろうか。諏内氏「自信のある方は、すべての振る舞いに余裕があります。見ている側もとても安心させられます」と語る。
ということから魅力的な男の基本は、自信があるか否かが問題だったのだ。これが前日ちょっと気になっていた「雰囲気」というものに通じているようも思えてきた。
やはり、知らないとおどおどしてしまうし、ちょっとしたことでも一度でも経験があればそこそこ自信を持って振る舞えるかな。モテるのも修行だなと感じさせる。実に面倒だと思う私はもうそれだけで失格だな・・・

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鏡は決してオシャレのための道具ではない。
ホームページ「日経ワガマガ」2009.7.14付より。
(さらに前日のつづき)
ここの小さな見出しには「男も手鏡を携帯しよう」とあった。もちろんあれば便利だろうが、いまだかつて持ち歩いたことなどない。少しも余分なものは持ちたくはないと思うからでもあった。
鏡は女性が持ち歩くものだという先入観があった。女性は電車やバスの中でも朝から眺めて化粧などしている。これはきっとオシャレのためだろう。
しかし、「男も手鏡を携帯しよう」というのは、身だしなみには必需品だからだったのだ。そういえば、朝は髭そりと整髪時には鏡を見る程度かな。朝ネクタイを締めたあとに鏡を見ないことが多いので、あとで曲がっていたことに気がつくこともあるな。
また、猛暑の日にはワイシャツが汗で染みていることも多いだろうし。食後の口元も見てはいないし。本当はいろいろとチェックしなければならないのかもしれない。
手のひらにすっぽり入る薄いカードサイズで財布や名刺入れにも入るし、小さい鏡があるらしいが、まだそんなものは見たことはないなぁ。あればおじさんにも便利そうだ・・・な。

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インターネットは資料の宝庫ではあるが、同時にだれでも無責任に発信できる・・・
「作家とは何か」森村誠一著より。
これは作家の取材力について書かれていた部分にあったフレーズで、このあとには「〜鵜呑みにするのは危険である」と続いていた。確かにそうだろう。とくにブログなどは個人的な意見で書かれているものが多いため、一般の私たちも注意をする必要があるだろう。
作家の能力の一つに取材力があるだろう。そして、取材には1、文献渉猟。2、現地取材。3、インタビューがあるという。
「渉猟」とはあまり聞きなれない言葉だが、ウェブの辞書では「 広い範囲を捜し求めること。また、たくさんの書物をあさり読むこと。」とある。また、手元の辞書にも「1、広くあさり歩くこと。2、たくさんの本を読みあさること」とあった。これで、ウェブの辞書も間違いでないことがわかる。
いずれにしても、ネットの情報はあくまでも補助手段として利用する方がよさそうだ。とはいっても、一般人にとっては、書くことを職業としているわけではないので、大体のことがわかるだけでも便利な手段でもあるかな。

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出会いが作品の有無を決定する。
「作家とは何か」森村誠一著より。
森村さんには、自分はこれを描き、伝えるために生まれてきたといえる作品があったと語る。そんな情熱を呼び起こす作品とは「悪魔の飽食」だった。
これは諸説ではなく、関東軍七三一部隊の生体実験のドキュメントだった。私も数十年前に読んだことはある。しかも、これは取材インタビューによって、リアルな証言を得られたからこそ書けた作品だったようだ。
それ以前は七三一部隊に全貌はほとんど歴史の闇に閉ざされていたのだ。人との出会い、インタビュー、現地調査により出来ていた。しかも、いろいろな困難のなか三部作を仕上げていたのだ。作家の根性というほかないだろう。ここではテーマとの出会いがあったということらしい。
また、「人間の証明」では2つの出会いがあったからこそ、書きあげられたと語る。その一つは学生時代に群馬県霧積温泉を訪れたとき、弁当の包み紙に「母さん、ぼくのあの帽子、どうしたでせうね」の麦わら帽子の詩が刷られていたことだった。
もう一つは、角川春樹氏から、「作家の証明となるような作品を書いてください」と言われたからだったと振り返る。それまでは、小説は一人で書くものを思っていたが、一人の仕事である小説も出会いによって生まれることを知ったという。
また私たちは人間以外にもいろいろな芸術、小説、植物、自然、芸術、土地・・・との出会いによって人生が変わっていくことになるのだろうな。今後ともいい出会いに期待したいもの。