知の世界への挑戦に年齢は関係ない。

朝日新聞」2008.1.3付けより。
この言葉は「声」という読者の投書欄にあったもの。この日のテーマは“出会い”だった。これは77歳の無職の男性からの投書の中にあったものだった。読書が好きらしいこの人は書店で『岩波数学入門辞典』を注文したのだ。
その際「今さらこんな本を頼んで変でしょう」と書店主にいうと「もうお一方おいでですよ」と答えている。なんとその人は卒寿を過ぎた男性だったようだ。しかもそんな話をしているうちにその孫が「おじいさんの本、入ってますか」と言いながら店内に入ってきたという。
そして、この77歳の男性が見ていると『プラトン全集』だったのだ。そして、へえーと感心してしまった、と述べている。そして、それに刺激されて『哲学の歴史』(中央公論新社)を買って今読み続けているという。
実際にその方に会ったわけでもなのに90歳を超える見知らぬ男性に「私も負けずに読書を続けます」と心のなかで話しかけているようだ。77歳の男性は昔大学で数学を教え、また90過ぎの男性も元教職についていたという。
そんなところも学ぶことに何の抵抗もなかったのかもしれない。この投書を読んだときには学ぶことに遅過ぎることはない、と教えられているような気にもなった・・・な。前向きに読書する気持ちを持てるだけでもすごいこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「野球は人生そのものだ」なんて長嶋さんが言っていたが、・・・
朝日新聞」2008.1.3付けより。
上記のフレーズは星野仙一北京五輪野球日本代表監督)氏が述懐したものだった。星野氏は「その通りだと思う」と語っている。その理由として、犠牲バントを例に取り上げている。野球後進国に教えに行くと、子供たちが「どうして打たせてくれないんだ」と言うそうだ。
そこで、星野氏は「野球というのは自分が犠牲になったりアウトになったりして得点を競うスポーツなんだよ」と教えている。結局それは社会生活でのなかでも同じことだから、長嶋氏が言った“人生そのもの”、に通じているのだ。
自分が自分がといっているだけでは、チームで戦うスポーツも社会生活も成り立たない。野球でいえば、一二番と四番打者では期待される役割や能力が違うことを考えれば容易に想像できる。
たとえいくら投手がゼロで抑えようが味方がゼロでは勝ちはあり得ない。ケースによっては強打者も犠牲フライや死四球、犠牲バントも要求されることもあるだろう。いずれにしても得点を入れることを前提として勝ちを競うスポーツなのだから。
星野監督の指導方針の根底には明大の恩師島岡監督の影響があるようだ。試合がピンチの時は「何とかせい」が口癖だったという。細かな指示はないから、自分たちで考えなければならなかったようだ。
そのため“とりあえずインコースは当たってでも累にでよう”とさえ工夫をしたらしい。もしこれを日々の生活に置き換えたらどうだろう。もし、生活が厳しかったら、とりあえずどんな仕事でもいいから就いてみようと思うかもしれない。
ニートと呼ばれる人たちを除けば、きっとそういう気持ちで働いている人が多そうだ。また今している仕事がうまく運ばなかったらどうかと考えれば、モチベーションや創意工夫が足りないことにも気付くかもしれない・・・な。(と、自分に言い聞かせたりして)
蛇足
このインタビュー記事の最後のほうで星野氏は「私はまだ、熱さでは若者に負けないと思っている」と述べていた。この熱血監督はオリンピック代表の前に“団塊の世代の代表”でもあるかな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
30歳の頃の体重63キロと腹囲85センチをキープ・・・
朝日新聞、土曜版」2008.1.5より。
問題はこう語っている人が現在何歳なのかだろう。すでに新聞をお読みの方はご存じだと思うが、66年間もの上記の数字をキープしていることになる。つまり今は96歳の日野原重明先生だったのです。
ここで、ちょっとおやっと思ってしまったのは、一般には腹囲85センチ以上ならメタボ注意報が出ているはずなのに(私自身も毎回それに当たっている)、いつも元気で長寿でいられることだった。
しかも75歳を過ぎた頃から、多忙のため運動する時間もない生活を送っているとも語る。で、今年は変えたい習慣ということについて述べていた。それは何と徹夜をやめ、毎日睡眠時間を30分増やすことにしたという。
つまり今までは週に1回徹夜をし、午前2時から6時半までだった4時間半の睡眠時間のうち徹夜をやめて睡眠時間を5時間にするというものだった。
あのお歳で毎週徹夜をしてきたと知って驚いた次第。かなり不健康な感じもするが。私など夜中の12時を過ぎればとても起きてはいられないのに。
超人の日野原先生が新年に詠んだ一句が添えられていた。「私には余生なんてないよこれからぞ」いやはや・・・ですね。早く余生を楽しみたい、などと考えるのは罪悪のような気になってしまう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分がいなくても組織は回る・・・
朝日新聞、土曜版」2008.1.5付けより。
“こころの定年”というコーナーで目にしたもの。Fさんは45歳の時に3か月のリフレッシュ研修を受けた。その時に受けたショックが大きかったらしい。それは研修そのものの内容ではなかった。
自分がいなくても組織は回るということを知ってショックを受けたのだった。彼は組織の中では重要な支店長というポストだったようだが、3ヶ月間いなくてもその支店、会社自体にとってはそれほどダメージがなかったということだろう。
また逆に一人がいないことで、会社の機能がマヒしてしまうようであれば、とんでもないことではあるが。会社や組織というものは、社員という部品の交換はいくらでも可能だということだろう。
一国の総理大臣だって途中で健康上の問題でギブアップしても国としては機能している。過去の歴史を振り返れば現役の大統領や日本の総理大臣も暗殺されたりというい事件もあった。しかし歴史の大きな流れのなかでは国の中で大混乱が発生したわけでもなく、それすら忘れ去られたかのように現在がある。
(話がそれてしまった。)Fさんは、それで仕事以外にも打ち込める何かを探していた。そして50歳のときに出会ったのがある新聞記事だった。それはボランティアの美容師に髪をきれいにセットしてもらったのをきっかけに、元気に歩けるようになった92歳の老女の話だった。
それまで施設で寝たきりだったにもかかわらず、歩けるようになったという記事を目にして、Fさんは美容師になろうと決心をしたのだった。サラリーマンが50歳を過ぎてからまったく別の世界に飛び込もうという勇気もすごい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


60歳にして得た「天職」
朝日新聞、土曜版」2008.1.5付けより。
これは昨日の日記の続きで、このコーナーの“こころの定年”というコーナーに付けられていた今回の題名が上記の「60歳にして得た天職」だった。
会社勤めをしながら美容師の資格を取得するというのも、想像しただけでも苦労が多そうだ。それまで実技の経験などあるわけがない。通常1年のところを3年かけて取得している。国家試験には2度落ちている。毎朝人形を相手にカットの練習を続けたという。
結局資格を取るのに7年かかっている。退職した58歳のときには、美容師のほかにホームヘルパー2級の資格も取得していた。退職後は英国の専門学校に2ヶ月留学、帰国後国内の美容室で2年間修業して開業している。
高齢者やハンディのある人の自宅や施設への訪問サービスも好評のようだ。すでに横浜と杉並に支店があるというほどだから、胸を張って天職といえるのだろう。Fさんは現在66歳になっている。
まっすぐに目標に向かって苦労を乗り越えた結果はじめて天職に出会えたのだろう。50歳の時に目にした新聞記事に感動したことが、こんなにも人生を変えてしまうものか・・・な。
やや蛇足になってしまうが、この1週間後の土曜版(1/12付け)のインタビュー記事のなかで、松本幸四郎さんが「60歳を過ぎてから見る夢こそ本当の夢だ」といっているのとやや関連していそうだな、と思った次第。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
給料袋に代わる演出をすればいい・・・
R25」2008.1.4号より。
所ジョージさんがインタビュー記事の中で言っていたフレーズ。そもそも給料袋というもの自体かつて学生時代にアルバイトでもらったくらいで、その後は目にしたことなどなかった。手にすることができるのはただの給与明細書だけにすぎない。
つまり、一般にはお父さん(実際にはほとんどの給与所得者)が給料日に手にするのはただの紙一枚の明細書だけなのだ。コンピューターで金額の数字が打ち込まれているものだ。何度手にしても厚みは同じもの。
家族にとって、それ自体はもったいがあるものでもない。それでお父さんのありがたみが薄れるようならそれに代わる演出をすればいいという。まあ、もともと給料袋などないことに慣れっこになっているかもしれないが。
所さんは給料袋を持って帰らないようになってから、親のありがたみが薄れたと感じられるならば、それに代わる演出をしてありがたみを感じてもらったらどうか、という提案だった。それには何か買った物を手に持って帰るといいという。そういえば手運びのお土産は手作り感にも通づるところがありそうだ。
子供が幼いころは、確かにしばしば食べ物のお土産などを買って帰ったものだった。それで家族が喜んでくれれば嬉しくも感じられた。しかし、子供らも成長するとありきたりなそんなものでは大して喜ばなくなってくる。実際親のありがたみを感じさせるのは結構難しい・・・な。

蛇足
フリーペパーの「R25」を手にできない方は下記のウェブでもご覧いただける。
http://r25.jp/