彫ることは描くことより何倍もの手間と時間がかかる。

エッシャーに魅せられた男たち」野地秩嘉著より。
面を表現することを考えた場合、版画を彫るエネルギーは膨大なものらしい。これは大蔵省印刷局の上席工芸官の話だ。つまり紙幣の原版を彫る人のことだった。版画とはいっても芸術家ではなく職人といったほうがいい。
肖像画は描いてまねするより彫ってまねする方が難しい。とくに人の顔は一本彫り間違えただけでまったく感じが違ってしまうという。ふだん何気なくみている紙幣だが、一枚彫りあげるまでに半年はかかってしまうという。
紙幣の制作過程のなかでちょっと驚いたことがあったのでここにメモしておこう。下図の制作は印刷局の図案担当の工芸官がテーマにそってデザインする。実はそのあとがかなり大変な作業があった。
肖像ひとつ彫るにも、その人の業績、性格、家庭環境を調べ理解してから彫るのと、写真一枚もらって仕事にかかるのとでは出来が違ってくるらしい。しかも、歴史上の人物の場なら、孫や親戚なりできるだけ多くの親族を訪ね歩いて、骨格や顔つきの似ている人物を捜すという。
そして、実際にあって面談し、人物像のニュアンスをつかむことで、出来上がりのイメージが確固としたものになるのだ。一枚の紙幣の肖像画はまずそんな取材から始まることを知ってちょっと驚いた次第。
日本にはそんな工芸官は12人しかいないという。当然技術が落ちないための練習は欠かさないようだ。そうそう、これはエッシャーについての本だった。彼もまた生活のすべてを版画に捧げた人物だった。細かい仕事は芸術家であると同時に職人でもありそうだな。


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客は入場料の値上げには敏感だが、・・・
エッシャーに魅せられた男たち」野地秩嘉著より。
エッシャーの作品については実際にウェブサイトや図録で確認して驚いていただくとして、ここではまた作品とは直接関係ないことを書いてしまおうと思う。
それは上記フレーズに取り上げたことだった。そのあとには「〜弁当や土産物には、えてして財布のひもをゆるめやすいものなのだ。」とあった。ここまでくると、ほとんどの人が似たような経験があるのではないだろうか。
たとえば旅行費用が安いからと思って出かけたら、思いのほか土産ものを買い過ぎてしまったとか。高いオプショナルツアーに参加してしまったとか。贅沢なランチやディナーを食べ過ぎたとか・・・。消費者側からみれば、セールで安く買えた!と思っても結局それをほとんど身に着けなかったり。(安物買いの銭失いともちょっと似ているかも。)
実際、たまに美術展の招待券とか割引券を手にすることもある。しかし、その帰り際にまた図録や関連図書などを購入してしまったこともしばしばだ。映画館で割安で観た帰りにも余計なパンフレットやポスターなど記念グッズを買ったりしてしまう。
ベテランのイベントプロデューサーなどは、入場料を100円高くするよりも、その金額は抑えておいて会場で500円の弁当を売った方がはるかに儲かると考えているようだ。そういえば、飲み屋などでもビールや酒の値段は抑えておいて、結局は肴やつまみで儲けるというのとも同じようなものかな・・・


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美術品輸送、保管の仕事で大切なことはひとつ。

エッシャーに魅せられた男たち」野地秩嘉著より。

この本を読み進むうちに、またまたエッシャー本人やその作品ではなく別のことについてちょっと気になってしまった。それが上記のフレーズの部分だった。さて、そのひとつとは、なんと秘密を守るということだった。
もちろん運ぶ美術品とは世界中の美術館の所蔵品など貴重なもののことだ。毎日世界各国では有名な作品の展覧会が開催されている。しかし、輸送となると何月何日に運ぶか、どの飛行機に積み込むかなどは、関係者のうちごく少数の人間しか知りえないようになっているらしい。
高額な保険をかけ、24時間ガードマンが張り付いていることだろう。輸送トラックも特別仕様で情報は大勢には知らせないという。特別に作ったトラックの上部にだけマークをつけ、空からヘリコプターで追尾できるようになっている。
さらに美術品の梱包も重要なものだった。版画や写真は温度や湿度で傷みが出やすいという。美術品は厳重に包まねばならないが、開梱するときに時間がかかってもいけないのだ。
年代を経た美術品は生鮮食品のように傷みやすいらしい。理想的には世界のどこへ運ぶにも、梱包から輸送、開梱までが24時間以内がいいらしい。
私たちは美術館やデパートで貴重な美術作品をいとも簡単に眺めているものだが、それまでにはいろいろな苦労が込められていることにも気付かされる。