ファンであろうとなかろうと、口ずさめる曲がいくるもある。

R25」2007.6.14号より。
たとえば、それらは「昴」サライ」「いい日旅立ち」だったりする。当然国民的歌手ともいわれる谷村新司の曲だった。このインタビュー記事の表紙には似たような表現で“日本人の多くが口ずさめるスタンダードナンバーの送り手”ともあった。
このスタンダードナンバーとは、時代を越えて長く歌い継がれている曲とでもいえようか。また、当然世代に関係なく10代の若者にも高齢者にも好まれるいう意味合いもあるだろう。
と、ここまで書いてきてもう20年以上前に東南アジアに旅行した際、現地の人が「昴」を口ずさんでいたのを思い出した。ということは、時代、世代のほかに国までも越えていたことにもなるか。また、もし今まで一度も聴いたことのない現在の若者たちにとっては新鮮なサウンドかもしれないな。
この4年間は中国の上海音楽学院で教授をやっていることは有名だ。そして、ここには「谷村新司は中国に“ポップス”という音楽の概念を伝えたといわれる。彼の地では、日本におけるビートルズ的な存在としてとらえられている。」と述べられていた。
それだけアジアでも認められている証拠でもあるのだろう。ついでに、彼自身の言葉を最後に付け加えておこう。「人はつねに今という点を生き、今やりたいことをひたすらにやればよい」。(団塊の世代、まだまだ頑張っているな〜。)


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知らず知らずのうちにポイントが溜まっていた・・・
(関東地方以外にお住まいの方にとってはローカルな話題になってしまいますが)
今月の初め、あるクレジット会社からポイント残高のお知らせハガキが送られてきた。見ると4月末までに約1500ポイント溜まっていた。それまで、ほとんど溜まったポイントなど気にしたことはなかった。
今までクレジットカードで物を買ったと言うより、小口のものを決済した程度だった。物を買ったという意識がなかった。どうやらメインは定期券やパスモ(関東地方の電車、バスなど用の電子マネー)の決済に使っていたからだった。パスモを使い自販機で缶ジュースを買ったこともあったが。
そして、先日あるデパートの書店で手元のクレジットカードの最新ポイント残高を調べてもらうと、1800ポイントに増えていた。しかも、ちょうどその時買おうかどうか迷っていた本の価格がちょうど1800円だったのだ。
そこで、そのポイントで買えることがわかり、消費税分の90円だけ現金で払ってその本を手にすることができたのだ。それは『さんずいあそび』(別役実著)だった。いずれ、その中で気になるフレーズがあれば取り上げてみたい。
電子マネーに連動したクレジットカードは実に便利で使いやすいし、おまけにポイントも自覚症状のないままどんどんたまる。しかし、使いすぎに気をつけねば。(いいんだか悪いんだか・・・)


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「人間は精神的に“楽屋”を持っていないとダメだ」
「月刊現代」2007.6月号より。
毎月連載されている永六輔矢崎泰久の対談のなかでのワンフレーズだった。とは言っても、これは永さんが精神科医北山修に言われたことだった。
つまり、それは社会生活を送っていれば、どうしても外からの目を意識しなければならない。だからこそ、ふっと自分の素に戻れる空間とか家庭とか仲間をもっていることも大切だというわけだ。
要するにオンとオフとの切り替えが上手か下手かということにもなってくる。この話の前には、植木等さん、渥美清さん、高倉健さんにしても、凄い役者というのは、素はフツーの生真面目なおっさんだと述べられていた。
矢崎氏はかつて、楽屋で一人しょんぼりしている植木さんの姿を見たとき、それは「心の楽屋」にいた植木等さんだと振り返っている。植木さんがなくなった後で、誰もが一様に実にクソ真面目な「無責任男」だと言っていたのが印象的だ。
やはり人は落差があるから、意外性があるから面白いのかな。あの人なら出来て当然だ、と想像できるなら面白味もないか・・・

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「高齢者を診る医者というのは、どっか悪いと言ってあげたほうが、絶対にいいんだ」
「月刊現代」2007.6月号より。
これも前日と同じ対談のなかにあったもの。永さんは、少し前に、人間ドックに入ったが「どこも悪いところがない」と言われたそうだ。しかし、自分では身体の調子がおかしいという自覚があったという。しかし、「なんのご心配もなく」と言われていた。
永さんが落ち込んでいる時に、そんなことを北山修に話したら彼から言われたのが、上記のフレーズだったというわけだ。
本来なら、検査をしてどこも悪くないと言われれば、私なら飛び上がって喜んでしまうだろう。そして、いろいろな無理をしてしまい逆にもっと健康を害してしまうかもしれない。
いずれにしても健康診断自体が嫌いになっている自分がいる。毎回何らかのコメントが入ってしまうからだ。
永さんは“別に病気になりたいわけじゃないんだけど、こっちはたしかに元気がないんだから、こういうことは注意をしたほうがいいですよって言ってくれりゃいいのよ。そうすれば「よし、気をつけるか」と少しは前向きな気持ちにもなれる」と述べている。
なるほど、高齢になるとそんなものだろうか、と思わされた次第。とにかく健康診断で引っかかりたくないと思っているうちは、まだまだ若い証拠だろうか。いや、高齢でも健康ならそれは財産だろうな。