「映画の中の本屋と図書館」

昨日、図書館についてちょっと触れたら思い出したことがあった。図書館は本や資料を読んだり探したりする場所であると同時に、ときには学習する場所でもある。図書館で学習室があるところは季節によっては、その9割以上が受験生で占められている。
そこではほとんど話し声が聞こえない。まるでその静寂さは人がいないようにさえ思えたもの。身近にある異空間でもある。かつて自分も利用したことがあった。さらに時間を気にせず無料であるのもありがたい。
さて、タイトルにあげたのはフレーズではなく本の題名だった。つまり映画の中には本屋や図書館が意外にも多く出てくるというものだった。
たとえば、学校などの場面では教室、グラウンド、校門などのほかに学校らしさを表現するために図書館も映しだされていたのだ。それは主人公たちの出会いの場でもあったりする。
この本、『映画の中の本屋と図書館』(飯島朋子著)は前編、後編の2冊になっていて約100の映画が取り上げられていた。これもかなりユニークな研究であると思えた次第。だからこそ手にとって見る気になったのだが。当然この本に出会ったのは図書館だったが。


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ルールが生む悲喜劇。

「暗黙のルール」海老沢泰久著より。
私たちが住んでいる社会は見えない法律や条令といったルールによって成り立っている。かかわりがなければ、空気のような存在だ。ルールによって守られている部分は多い。
たとえば、車を運転しなければ本人にとってスピード違反も駐車違反も関係はない。しかし運転者にとっては車検だって運転免許の更新だってルールのうちに入る。
一般的にルールを意識してみるのはスポーツだったりする。スポーツには細かいルールが決められている。それは窮屈なものだが、だからこそゲームが楽しくなるともいえる。
サッカー観戦でもやっとゴール!、かと思えばオフサイドのこともしばしばで歯がゆい思いをするもの。また、ラグビーでは後方の選手にしかパスはできない、しかし前に進まねばならない。
しかし、そんな歯がゆさはどちらのチームにも同じだけある。どちらが有利ということもない。せいぜいあるのは、ホームかアウェイで、地元応援団が多いか少ないかで、ルールとは全く関係ない。甲子園球場で、たとえ9割が熱狂的なタイガースファンでもグラウンドでは、決められたルールで坦々とゲームは進んでいく。
考えてみれば、審判がいてルールをもとに判断を下してくれることはありがたいことなのだ。しかし、ゴルフではそうでもない。審判はその場にはいない。だからもし、プレーやストロークをごまかそうと思えばできてきまう。当然満足感は失われてしまう。
打ったボールはほんのわずかでも打ちやすい場所に動かしてはいけない。またラフの長い草を平にならしてもいけないのだ。だから、どんな場合でも紳士であることを要求される。自己管理でプレーすることは逆に厳しいことなのだ。
日々の生活の中でも自己管理は実に厳しい。とくに、“ま、いいか”が毎日の私には。

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野球ほど非紳士的なスポーツはない。
「暗黙のルール」海老沢泰久著より。
野球ではしばしばアマチュアでも相手選手を野次ったり、審判の判定に対して暴言を吐いたり時には暴力をふるったりすることがある。
ルール上は審判が一度くだした判定には文句を言ってはいけないことになっている。しかし、自チームに不利な判定がくだったときには抗議しない監督、コーチ、選手はいない。
ときには両チームの選手どうしが乱闘を引き起こしたりもする。そして、監督の審判に対しての猛抗議はまるでチームの選手を奮い立たせるためのパフォーマンスとして利用されたりもする。
その代表がこのたび、五輪の日本代表監督に選ばれた星野仙一でもあるだろう。現役及び監督時代を通じて熱血として知られている。五輪でもし、日本チームに不利な判定がくだったときに、どれほどの抗議ができるかもちょっと興味深い。それが外人の目にはどう映るだろうか。
かつて、米国人の審判(デュミロ)が日本のプロ野球をさばいたことがあった。彼は一年も持たなかった。それはストライク、ボールの判定に抗議した当時のドラゴンズの大豊選手が胸を突いた行為に恐怖を感じたからというものだった。これは当然、日米のギャップの大きさに驚いたからでもあるからだろう。
まあ、高校野球では選手や監督、コーチが審判の判定に対して強く抗議するというシーンはほとんどない。せいぜい質問か確認程度だ。しかしプロになるほど野球は非紳士的なスポーツになってしまう。ほかのスポーツではそれほどでもないのに。(不満はあるだろうが・・・)

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彼はすばらしいバッティングもできるのだ。
「暗黙のルール」海老沢泰久著より。
先日の日記でも触れたが、昨年、松坂争奪戦を行ったレッドソックスヤンキースは永遠のライバルチームでもある。
上記の彼とはレッドソックスに在籍していたときの投手としてのベーブルースのことだった。ベーブルースがホームランで有名になったのは1920年からのヤンキース時代だったのだ。
日本でも投手としてプロ野球に入団してその後打者となった選手も多い。本塁打王ベーブルースも優秀な投手だったのだ。レッドソックスでは、18勝、23勝、24勝とすばらしい成績だった。1916年、1918年のワールドシリーズでは3度勝利投手になっていた。
彼がプレーした1914年からの6年間、レッドソックスはなんと3度もワールドシリーズ優勝を経験している。しかし、突然1919年にヤンキースにトレードされてしまった。それ以来レッドソックスは優勝から遠ざかってしまった。これをベーブルースの愛称から「バンビーノの呪い」とまで言われていた。しかし2004年に86年ぶりにワールドシリーズで優勝してやっとその呪いから解放されたようだ。
そういえば、日本のホームラン王の王監督もかつてはピッチャー出身でしたね。
蛇足
ベーブ・ルースヤンキースに移籍された際の契約書が、サザビーズのオークションで落札された時の金額は、99万6,000ドル(約1億700万円)。こんなところもさすが伝説のプレーヤーですね。






1920年1月にベーブルースがニューヨークヤンキースにトレードになり、1918年世界一になって以来世界一の座から遠ざかっていた。これをボストンの人々はベーブルースのトレードにちなんで「バンビーノの呪い」と呼んだ。しかし、2004年、実に86年ぶりにレッドソックスは世界一の座に返り咲き、ボストンは「バンビーノの呪い」から解き放たれた。2004年はボストンにとっても記念すべき年だったといえるだろう。
バンビーノの呪い」こそ、レッドソックスが過去86年間もワールドシリーズで優勝出来なかった原因だと言われています。バンビーノとはかの伝説的プレーヤー、ベーブ・ルースの愛称。彼がプレーした1914年からの6年間、レッドソックスはなんと3度もワールドシリーズ優勝を経験しました。その原動力としてルースの活躍があったのは言うまでもありません。

しかし1919年、ルースはヤンキースへと突然トレードされてしまいます。主力選手を失ったレッドソックスは、その後衰退。さらに時が経ち、ルースの引退後、はたまた没後になっても、レッドソックスワールドシリーズで優勝が出来なくなってしまいました。これはあたかも品物のように扱われ売り払われたルースが、死後も怨念を持ってチームに復讐しているかのよう……。と言うことで長年この話は「バンビーノの呪い」として語り継がれていたのでした。もちろん昨年までは、の話ですが(涙)。

ところでこの当のベーブ・ルースヤンキースに移籍された際の契約書が、名門オークション・ハウスのサザビーズで競売にかけられ、なんと99万6,000ドル(日本円で約1億700万円)で落札されたのだそうです。このスポーツ関連で、過去最高の価格の付いた書類を落札したのは、同州でスポーツ関連のコレクター・グッズを販売する会社のオーナーだとか。果たして転売するのか、それとも自分のコレクションとして保管するのか判りませんが、うーん、一枚の紙に1億円以上……。