図工が得意ではなかったアートの職人。

先日、日本を代表する彫金技術者の照井清氏の実演を拝見する機会があった。
そのときの「子供のころから図工が得意だったんですか?」という質問に対しての返事が上記のものだった。それは意外なことでもあった。
現代の名工」として2002年に厚生労働大臣から表彰されている。彼の彫金は実に細かい作業だ。高級時計の文字盤やパーツの一部にデザインや図案を彫っていくものだ。0.1ミリ以下の仕事で、作業は顕微鏡を覗きながら行うものだった。
彫刻を施す金属の厚みも0.6ミリ以下のものだ。その道具はバイトと呼ばれる彫刻刀の一種だった。手の中にすっぽりと納まるほどの大きさで、金属の先の刃はどれも先端がとがっていて肉眼では同じように見える。しかし、その先端はV字や丸になっている。
何種類くらいあるのか聞いてみると30種類ほどを描く図案によって使いこなしているという。照井氏が彫ったものを見本にヨーロッパの彫金師に彫ってもらったものと比べると、やはりシャープさや光沢では明らかに彼の作品のほうが勝っていた。
それには秘密があった。技術的なものはもちろんだろうが、先ほどのバイトと呼ばれる道具に使われる金属の硬度が彼の使うものは従来のものよりかなり強いものだということだ。もちろんそれは企業秘密らしい。それによって彫った部分に鋭い角度がつき、輝きを増していたというわけだった。
それらの細かい点が50倍に拡大されたCCDカメラでとらえたモニターではっきりわかる。見事なアートの造形も36年間もその道一筋で修練した賜物だろう。やはり日本人ならではの細かく美しい技術に違いない。