超高層ビルが林立する風景は墓石のように見える。

森村誠一写真俳句のすすめ」森村誠一著より。
筆者は超高層ビルを眺めて次の俳句を作っていた。「功なりて街の墓石や天高し」
功なり名遂げた人々の墓石が、生前の実績を競い合っているようにも見えたと言う。さすが作家の感性は鋭いと思わせる。私など、しばしば同じ超高層ビルを眺めるものの何も考えたことなどなかった。
私は20代から30代にかけて森村誠一推理小説をむさぼるように読んでいた。その数100冊は超えている。だからこそ、氏がこのような“写真俳句のすすめ”(12月1日発行)を書いていたことが意外だった。
この「功なりて・・・」の俳句の解説には、久ぶりに森村節(ぶし)を思い出させるセンテンスが並んでいた。以下に少しだけ引用してみよう。
「都会は人間のあらゆる欲望を収納するきらめく容器である。都会には人間のどんな野心や欲望も叶えるものが詰まっている。だが、目に見えていながら、欲望の対象との間は拒絶的な透明な壁が隔てている。
チャンスに恵まれたものだけが、その透明な壁を通り抜けることが出来る。チャンスと同時に危険も多い。チャンスを得る前に危険につかまってしまった者のほうが圧倒的に多い。・・・・」
この部分だけでも、まるで氏の推理小説の一部分を読んでいるような気分になってしまう。“写真俳句のすすめ”を読みながらも、ふとかつて好んで推小説を読んでいた頃を思い出してしまった。