古典との“対話”が生きる喜びを教えてくれた。

「古典と仕事」鈴木治雄著より。
著者は実業界で生きてきた人だが、仕事に傾ける情熱と同じレベルの情熱を読書にも注いできたと述べている。
その読書の内容はほとんどが古典で、それを読むことが氏の生活の一部だったという。一般的にはなかなか古典には親しみにくいものだが、氏にとってはそこから得たものが経営の問題、対人関係など、あらゆる問題に対処するときのバックボーンにもなっていたのだ。
つまり古典は実業人としてどう生きるべきかを教えてくれたらしい。タイトルのフレーズのように古典との対話と言っているところがすごい。鈴木氏は次のように述べている。「私が問いかけると、かならずなにがしかの答えが返ってくる。それは読書というよりは、まさしく対話だった。」
私たちが何かを知ろうとするときに、書店で買い求めたノウハウ本を数冊読んで、分かったつもりになっているのとはまるで違う。すぐれた古典は読む人の成長に合わせて異なる感動を与えてくれるものらしい。
本との対話が出来るようになるためには、自分が事前に問題意識をもちながらじっくりと読み込む必要がありそうだ。ふだんは慌ただしくてそんなことはやってられない、と反論したくなるかも。しかし、鈴木氏はそれを学生時代から現役引退まで継続してきたのだ。やはり凡人とは違うか・・・