ただお金で欲しいものを買ってもつまらない。

「悩ましき買物」赤瀬川原平著より

面白くて、盛り上がる買物とはどういうものかといえば、買うことに「必然性」があるとき。つまり大義名分ができたときらしい。
著者はもともとナイフについて関心をもっていたものの“買う”にはまだその理由が見つからなかったのだ。しかし、注文住宅をつくることになり、その飾り柱は自分で作業したかったらしい。鉈(なた)を買って次に必要なのがナイフだった。ナイフを買える、この「必然性」が嬉しかったという。趣味的要素があるなら、どうしてもこれでなくてはいけない、というこだわりは楽しいものだ。
ナイフ専門店にある半分はコレクション用で半分は実用品だという。そんなものか、と思ってしまう。よく切れさえすればどんなものでもいいじゃないか、というのは専門店では通用しないのだ。ナイフの世界もはまってしまうと奥が深そうだ。まあ、時計でもカメラでも、万年筆でもコレクションの世界は底なし沼だ。
実用だけを追求しないところがいいのだ。人生の面白さはそこにあるような気がしてくる。赤瀬川氏はもっと大げさに表現している。「実用はもちろんだけど、何というか、これがあれば大丈夫というような、心の支えとしても実用になるようなそういう立派なナイフが欲しい」と。
“心の支え”というところまできている。ほとんどビョーキに近い。
そして、氏はナイフの知識が増えるにしたがって気分が盛り上がってくる。幸せなんだなあとうらやましくも思えてくる。最近ゆとりがない自分を振り返ってしまう。