勤労に感謝し、心労で患者にならぬようにしたいもの。

たまたま、今日は「勤労感謝の日」だったのでふと思いついたこと。
まだ若いころ、この日だけはふだん仕事をしているから、そのご褒美として一日ゆっくり遊んでいい日だ、などど勝手な理屈をつけて解釈していたものだった。
もちろん、そんなことはないだろう。辞書には次のようにあった。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日。」しかし、なんだか抽象的で解りにくい。
今になってみると、個人的には感謝という言葉が実に沁みてくる。それには2つの意味合いがあった。1つは現在も(機会として)仕事があるということだった。2つ目は(身体的に)働けるということでもある。
実際、仕事をしたいと思ってもなかなか思うような仕事に就けない人もいる。また、働きたいと願っても、身体の自由が利かない人もいるだろう。そんなことを考えれば、今自分が働けることに感謝せねばならない。
また、勤労によって得られるのは金銭だけではなくさまざまな経験も得られている。仕事を通して得られる知識、経験、人との出会いやコミュニケーション。それは個人の気持ちの持ち方で変わってくるものだろう。
当然、経験の中には失敗や後悔も含まれるかもしれない。しかし、そんなものも全て含めて人生の勉強となっている。仕事があるからこそ実感できる満足感や達成感もある。
昔から言われる言葉に“病は気から”というのがあるが、せめて気苦労や、心労でストレスをためて患者にならないようにしたいものだと思った次第。
(思いついたフレーズは当然、勤労と心労、感謝と患者のことば遊びでもあるが)